マグロという魚は、知れば知るほど変な生き物だと思います。
泳ぐのをやめたら窒息死する。体温を自分で上げられる。太平洋を横断して産卵しに戻ってくる。スーパーの刺身パックで見慣れているせいで、あまり意識しないかもしれませんが、生き物としてのマグロはかなり極端な進化をとげた魚です。
この記事では、マグロの生態を基礎からしっかり解説します。種類の違い、どこを泳いでいるか、体の大きさ、なぜ高いのか——知っておくと、マグロを食べるときも、見るときも、感じ方がちょっと変わってきます。
監修者プロフィール
五十嵐健吾
フレンチ・イタリアンの分野で10年以上のキャリアを積んだのち、和食の世界へ転向。西洋料理で培った技術と美意識を土台に、鮨職人の道へ進む。麻布十番の名店「みつい」の三井氏に師事し、素材の扱い・仕込み・握りの一つひとつを磨く。現在は、かきだ鮨グループにてメニュー開発と顧客満足の責任者を務める。

マグロは「泳ぐのをやめたら死ぬ」は本当か
結論から言うと、ほぼ本当です。
ただ正確には「寝るときも超スローで泳いでいる」が正しい表現で、完全に止まることはできません。
酸素を取り込むための特殊な体の仕組み

多くの魚はエラを自分で動かして、止まったまま呼吸できます。マグロにはその機能がほとんどありません。口を開けたまま前進することで水を取り込み、エラに酸素を通す——この「ラム換水」と呼ばれる仕組みに完全に依存しています。
泳ぎをやめる=酸素が取り込めない=死ぬ。
だから一生泳ぎ続けます。それがマグロという生き物の宿命みたいなもので、最高時速は種によっては70〜80km/hに達するとも言われています。新幹線の半分近いスピードを、海の中で叩き出す魚です。
ほかの魚にはない「体温を上げる能力」

もうひとつ面白いのが、体温の話です。
魚は一般的に変温動物で、水温に体温が左右されます。マグロはちょっと違います。筋肉を動かし続けることで発生する熱を、体内で保持する仕組みを持っています。これによって水温より数度高い体温を維持できるんです。
なぜそれが有利かというと、筋肉や神経の反応速度が上がるから。冷たい深海でも敏捷に動けます。生き物としての戦闘力を極限まで高めた結果、「泳ぎ続けないと死ぬ体」になった。ある種のトレードオフの進化です。
マグロの種類と特徴──クロマグロだけじゃない
「マグロ」とひとまとめにされがちですが、実際には複数の種類がいて、味も価格も生態もけっこう違います。
クロマグロ(本マグロ)──最高峰と呼ばれる理由

マグロの中で最も高値がつくのがクロマグロ、通称「本マグロ」です。体長3m、体重400kg超えになる個体もいます。脂ののった大トロの原料として有名で、築地(現・豊洲)の初競りで億超えの値がつくのもクロマグロです。
太平洋と大西洋に分布しており、日本近海では特に大間(青森)が一本釣りの産地として知られています。
キハダマグロ・メバチマグロ・ビンチョウ──それぞれの個性

キハダマグロはその名の通り黄色いヒレが特徴です。赤身が鮮やかで、熱帯〜亜熱帯の暖かい海を好みます。刺身・ヅケ・ハワイのポキなどに使われることが多いです。
メバチマグロは目がパッチリと大きいのが名前の由来です。クロマグロほど高くはないですが、脂と赤身のバランスが良く、回転寿司でも高級寿司店でもよく使われます。現実的に一番食べられているマグロかもしれません。
ビンチョウ(ビンナガ)マグロは白っぽい身が特徴で、缶詰の「シーチキン」の原料として有名です。生食するとあっさりとした味わいで、価格は比較的手頃です。
回転寿司で食べているマグロはどの種類?

店によって違いますが、多くはメバチマグロかキハダマグロです。「本マグロ使用」と明記されていない限り、クロマグロではないことがほとんどです。それ自体は決して悪いことではなく、各種のマグロにはそれぞれの良さがあります。
マグロはどこを泳いでいるのか──回遊ルートの話
マグロは特定の場所に住み着きません。季節と水温を追いながら、海を広く移動する回遊魚です。
太平洋クロマグロの旅:日本から北米大陸まで

太平洋クロマグロの回遊は、規模がすごいです。日本近海(南西諸島周辺)で生まれた稚魚は、黒潮に乗って北上しながら成長します。その後、太平洋を横断してカリフォルニア沖まで到達する個体もいます。アメリカ西海岸で獲れたクロマグロが、遺伝的に日本の個体群と同じ——そういうことが起きる魚です。
産卵のために戻ってくる──南西諸島と日本海

成熟したクロマグロは産卵のために再び日本近海に戻ってきます。南西諸島周辺が主要な産卵場で、春から初夏にかけて集まります。日本海でも産卵が確認されており、対馬海峡付近は重要な産卵海域になっています。
この回遊パターンを知っているからこそ、漁師は季節と場所を読んで漁に出るわけです。
マグロの体の大きさと寿命
クロマグロの最大記録は全長3m超、体重450kgほどです。ただし漁獲されるものはもっと小さいものが多く、100〜200kgクラスが一般的です。
寿命はクロマグロで30〜40年ほど。長生きする魚で、大型になるには時間がかかります。体長1mになるだけで数年かかり、大トロがのる大型個体は相当な年月を生き抜いた個体ということになります。
最大で450kg超え──重さの感覚を実感するには

正直、数字で言われても想像しにくいですよね。
450kgというのは、成人男性3〜4人分の体重です。これを一本、船の上で扱います。水産の現場では当たり前に行われていることですが、初めて見る人には衝撃的なスケールだと思います。解体ショーで実物を目の前にすると、この数字が急にリアルになります。
マグロはなぜ高い?漁獲と資源の話
マグロが高い理由はいくつかあります。漁獲の難しさ、輸送コスト、そして資源自体が減っていること。
一本釣り・巻き網・定置網──漁法によって何が変わる

一本釣りは文字通り一匹ずつ釣ります。魚へのダメージが少なく、血抜きなどの処理が丁寧にできるため品質が高いです。大間のマグロが高い理由のひとつです。
巻き網(まきあみ)漁は群れごとネットで囲みます。効率は高いですが魚への負担も大きく、品質のばらつきが出やすいです。主にキハダやメバチに使われます。
定置網は海中に固定した網に自然に入ってきた魚を獲ります。鮮度が高い場合もありますが、マグロ専用の漁法というわけではありません。
漁法の違いが、そのまま価格と品質の差に出てきます。
クロマグロの資源管理と漁獲規制

クロマグロ、特に太平洋クロマグロは資源量が減少しており、国際的な漁獲規制が設けられています。日本の漁業者も厳格な漁獲枠の中で漁を行っていて、毎年のように規制内容が議論されます。
「マグロを食べることへの責任」という話は、ここ数年でだいぶ一般にも広がってきた印象があります。資源問題を理解した上でマグロを楽しむ、という意識は今後ますます重要になるでしょう。
マグロの生態を知ると、解体ショーの見え方が変わる
マグロの生態を知ってから解体ショーを見ると、感じ方がまるで違います。
太平洋を渡ってきた魚が目の前にある。30年生きていた個体かもしれない。泳ぎ続けることで鍛え上げた筋肉が、あの赤身の質感を生んでいる——そういうことが頭に入った上で見ると、包丁が入るたびに「すごい」という感情がわいてきます。
知識は体験を豊かにします。
マグロ解体ショーは、単に「切る場面を見る」だけのイベントではありません。マグロという生き物の凄みを、目と体で理解できる機会です。企業イベントや宴会、学校行事など各種シーンで全国出張対応していますので、興味のある方はお気軽にお問い合わせください。
